メンタルヘルス

【メンタルヘルス】人生がつらく虚しいなら、動物を家族にしてみて欲しい

【スペッキオのメンタルクリニック〜心のケアのヒント〜】

メンタルケアについてちょっと話したくなったので、もし良かったら話を聞いて欲しい。

「人生が空っぽで、むなし過ぎる・・・」

こんな風に感じている人に向けて、話をしようと思う。

ほんのわずかでも役に立てば嬉しい。

おれの人生も空っぽだった

周りの助けもあって、今でこそ人並みに人生を送ることができているが、昔は当然そうじゃなかった。

社畜としてボロボロになって自殺しそうになったりとか、日本にいるのが苦しすぎて泣きながら海外に逃げて生活していたとか、ちょこちょこブログでも話している。

いや、ガキの頃から「虚しさ」みたいな気持ちは強かったように思う。

なんかおれの人生ショボいなー、みたいな感じ。

「生きてる意味が、全くわからん・・・」

「おれがいなくなっても、誰も何も思わねえだろうな・・・」

「人生がペラペラで、中身が無さすぎる、死ねよおれ・・・」

まあこんな感じのこと、常日頃からよく考えていた。

でも、「動物を家族にする」ことで、かなりこの考えは変化することになる。

動物を家族にすることのメリット

メリット、なんて表現は即物的すぎてあまり好きじゃないけど、この言い方が伝わりやすい。

おれの場合、猫を飼ったことで、自分の人生の虚しさに対しての考えが明らかに変わった。

なので、今回は「猫」と言うケースに当てはめて話をする。

どんな動物でも一緒に暮らすことで大きな恩恵が得られるが、今回は猫のイメージで聞いて欲しい。

そういえば「猫を飼うことのメリット」この記事で詳しく書いてたな。

この記事読む方がわかりやすいと思う。

・猫を飼うと、癒される

・猫を飼うと、自分気持ちに素直になれる

・猫を飼うと、与える人間になれる

・猫を飼うと、思いやりのある人間になれる

・猫を飼うと、自然と会話が増える

メリットをざっくり列挙すると、こんな感じだ。

その中でも「人生の空虚さ」に非常に大きな影響力を持つ「猫を飼うと、与える人間になれる」というメリットにフォーカスして話そう。

人生が空っぽ・・・、虚しい・・・、と強く思い辛い気持ちになっている人は、恐らく「他者に何も与えていない」ことが、原因のひとつだと思うのだ。

おれがそうだったから。

ギバーとテイカー

世の中には2種類の人間しか存在しない、なんて偉そうに謳っている人は少なくない。

それにのっとって表現するなら、世の中には「与える人間」と「与えられる人間」の2種類にカテゴライズできると言っていい。

それっぽく耳障りの良い言い方をすると、「ギバー」と「テイカー」だ。

ギバー / Giver

・他者に、日常的に何かしらのメリットをギブできる、つまり与えることのできる人間

テイカー / Taker

・他者から、日常的に何かしらのメリットをテイクしている、つまり与えられている人間

ギバーは周りの人間に、何かを与えられる人間。

テイカーは周りの人間から、恩恵を受け続ける人間。

あなたはどちらだろうか?

おれは、間違いなくテイカーだ。

子供の頃から、周りの人間の親切を受けることが当たり前だと感じていた。

与えられることが当然で、デフォルトだと信じきっていた。

両親が自分を愛してくれるのは当たり前で、教師や周りの大人が教えてくれる知識は貰って当然だと思っていた。

アンタの子供なんだから当然でしょ?教師なんだから仕事で何かを与えるのなんて当たり前。

イヤなガキだ。

その感覚は、大人になっても続いていく。

会社の上司は部下を教育することが当たり前、お店で店員から最高の接客を受けることが当たり前、とかな。

親切にされることに慣れきってしまい、与えられることに慣れきってしまった。

気づけば、おれは立派なテイカーになってしまっていた。

テイカーであるおれの人生は、「空っぽで虚しい・・・」と感じるに余りにも十分過ぎた。

テイカーは、人生が虚しくなる

与えられる人間、テイカーが、おれみたく人生に空虚さを強く感じてしまうには理由があると思う。

テイカーのデメリット

・全てにおける物事の価値が、安くなってしまう

・自分ではなく他人が、人生の軸になってしまう

貰ってばかりの人生は、目に映るものや聞こえてくる言葉、親切や愛情といった目に見えないもの全ての価値を下げてしまうのだ。

貰って当然のものを、貰ったってそりゃ嬉しくねーよな。

あと、他人に軸が移ってしまうことも危惧されるべきだ。

要は、欲しいものは自分じゃなくて他人の方が与えてくれるんだから、他人を重視してしまうって話だ。

仕事、恋愛、人付き合い、全てにおいて、「相手に依存してしまう、媚びてしまう」と言うことだ。

そこに「自分」はいなくなる。

つまり、その人生が「むなしい・・・」と感じてしまう訳だ。

じゃあ、一方ギバーはどうだろう?

ギバーは、人生が豊かになる

言うまでもなく、与えられる人間であるギバーの人生は豊かなものになる。

むなしいとは、対極に位置するはずだ。

何故ならギバーは、他者に与える事で多くのものを受け取ることが出来ているからだ。

逆説的にだけど、与えることで受け取れるものがあり、それこそ価値のある「何か」だと思う。

凡例だと、子供に愛情を与える親とかだな。

むっちゃチープな表現だけど、子供に愛をギブすることで、自分は尊い「何か」を得ることができる。

じゃあ、家庭を持たない人間はギバーに成れないのだろうか?

テイカーとして、他者の親切を貪り続けるしかないのだろうか?

もちろんそんなことはない。

友人でも恋人でも、ご近所さんでも上司でも部下でも、そこらへんほっつき歩いている知らない人でも、いくらでもギブできる。

しかし、それができれば苦労しねえんだよって話だよな。

でも、ひとつだけ、自然とギブできる相手がいる。

動物だ。

猫が、おれをギバーにしてくれた

おれの場合、家族になった猫がおれを「与える者」に導いてくれた。

猫をはじめ、なんせ動物たちは「与えてくれることをずっと待っていてくれる」からだ。

与えるものは何だろうか。

餌やりとかトイレ掃除とかの、物理的な世話のことか?

それとも我が子のように接する愛情か?

曖昧な表現で申し訳ないが、きっと動物に関わる全てがソレに該当すると思う。

きっと動物と暮らせばよく分かる、実感ができるだろう。

もっと突っ込んで即物的に言えば「ギバー」になる修行が簡単にできる、と言ってもいい。

動物を飼うことで「与える者」としての考え方や感覚を養うことができると言う訳だ。

与えることで与えられる、与えないと与えられない。

当たり前すぎておれら人間が忘れかけていることだ。

まとめ

毎度毎度のことだが、話している内に何が言いたいか分からなくなっちゃったな。

まあいいや。

とにかく伝えたいことをざっくりまとめると

・人間はギバーとテイカーに分けられる

・テイカーは人生に虚しさを感じやすい

・ギバーは人生に豊かさを感じやすい

・自然とギバーになる方法は、動物を家族にすること

・動物にギブして、そんで動物にギブして貰え

だいぶ私見が入った話だったと思う。

ややもすれば、「ペットを人間の都合のいい道具」か何かと勘違いしてねえか!?と批判を招くような内容だ。

でも、誤解を恐れず声を大にして言いたい。

動物は、おれたち人間にとって大きな存在で、人の一生を激変させるほどのポテンシャルを持っている。

おれみてえなメンタルの弱い、人生に空虚さを感じやすい人間は、特にだ。

猫や犬じゃなくてもいい。

兎でも鳥でもハムスターでもモモンガでもスナネズミでも熱帯魚でもカブトムシでもいい。

何でもいい。

動物たちは、あなたに与えられることをずっと待っている。

動物を家族にすることが、あなたの人生を豊かにすることをおれは確信している。

POSTED COMMENT

  1. くろ より:

    私は10代の頃世の中のマイナスな色んな事は愛が足りないからだ、愛されいるが足りてないのが根っこにあるはずだと思っていました。
    野良猫、猫に関わる方を見て、違う、愛されるより愛したいんだと感じました。
    人はどうやら、愛したいし誰かに喜ばれたいんだと思います。
    愛を与え、愛を受けとるだけで良いのだと。

    • しんたろ より:

      くろさん、いつもコメントありがとうございます!
      仰る通り、愛を与えて受ける、本当ですよね。
      猫と人に喜ばれるよう、自分も切磋したいですね。

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